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【シンガポール】高等裁判所、初の簡易訴訟手続を認める判決

2023年09月

2022年4月1日、知的財産権(IP)紛争に関する新しい最高裁判所規則(最高裁IP規則2022)が施行され、IP紛争の迅速・簡易な解決を可能にする、「簡易訴訟手続」制度が導入されました。
詳細につきましては、弊所知財トピックス2022年7月掲載分をご参照ください。//grundschule-lage.com/topics/11678/

今般、シンガポール高等裁判所は、「簡易訴訟手続」に関する初めての事例(Tiger Pictures Entertainment Ltd v Encore Films Pte Ltd [2023] SGHC 138)において、「簡易訴訟手続」適用の要件を確認したうえで、「簡易訴訟手続」を適用しない旨を求める被告の請求を却下する判決を下しました。

Tiger Pictures Entertainment Ltd v Encore Films Pte Ltd [2023] SGHC 138の判決文は以下のURLから入手できます。


1. 事件の背景
原告は、中国映画(Moon Man)の独占的ライセンシーです。2022年8月、原告は被告に、当該映画のシンガポールでの配給契約について、電子メール等で打診しました。しかし、両者は条件面で合意することができず、書面による配給契約は締結されませんでした。
ところが、2022年9月15日、被告は、シンガポールで、当該映画の上映を開始しました。そこで、原告は被告に対し、映画の著作権侵害を理由に損害賠償を請求しました。被告は、電子メール等の文書を根拠に配給契約は締結されていたと主張し、原告に対して以下の2点を主張する反訴を提起しました。
(a)原告の訴えは、根拠のない脅迫である旨の主張、(b)本件とは全く関係のない別の映画について、原告が被告の著作権を侵害している旨の主張。

その後、原告は「簡易訴訟手続」の適用を選択する旨の書面、及び50万シンガポールドル (約5,300万円) を超える金銭的救済の請求を放棄する旨の書面を提出しました。
一方で、被告は「簡易訴訟手続」を適用しない命令の発行を求める請求を提出しました。

2. 裁判所の判断
高等裁判所は判決において、本件がシンガポールで初めて最高裁IP規則2022に基づく「簡易訴訟手続」が適用される事例であると述べたうえで、被告の請求を棄却し、原告の訴えを「簡易訴訟手続」に基づいて審理すると判示しました。

3. 「簡易訴訟手続」が適用される要件
裁判所は、「簡易訴訟手続」は、以下の2つのアクションの何れかをトリガーとして、その適用が考慮されると示しました。
① 原告が「簡易訴訟手続」の適用を選択する旨の書面、及び50万シンガポールドルを超える金銭的救済の請求を放棄する旨の書面を提出すること、または
② 裁判所が、自らの判断により、または当事者の申立てにより、紛争が「簡易訴訟手続」により解決されるべきとの命令を下すこと。

本件では、原告が「簡易訴訟手続」の適用を選択する旨の書面、及び50万シンガポールドルを超える金銭的救済の請求を放棄する旨の書面を提出していたことから、①を満たしていました。

次に、裁判所は、「簡易訴訟手続」は以下の3つの要件が満たされた場合に適用され得るとしました。
(i) 知的財産権に関する紛争であること
(ii) 損害賠償額が50万シンガポールドルを超えない、又は超える可能性が低い、若しくは当事者全員が「簡易訴訟手続」の適用に同意していること
(iii) 最高裁IP規則2022の4(1)に定められたその他の事情、特に以下の(a)~(c)に鑑みて、「簡易訴訟手続」を適用することが適切であること
 (a) 原告又は被告が経済的に「簡易訴訟手続」に拠らざるを得ない事情
 (b) 事件が複雑でないこと
 (c) 審理日数が2日を超えない見込みであること

本件は、著作権に関する紛争であるので、要件(i)を満たし、原告が所定の書面を提出していたことから要件(ii)を満たしていることは明らかでした。そして、本件は、配給契約の有無に争点が絞られることから法的判断や事実認定は複雑ではなく、交渉の内容がほとんど電子メール等で保存されていたことから審理日数は2日を超えない見込みであり、要件(iii)を満たすと裁判所は結論し、「簡易訴訟手続」が適用されるべきであると判示しました。

本件は、著作権に関する紛争ではありますが、現地代理人によりますと、複数法域にまたがるIP紛争の場合でも、「簡易訴訟手続」は適用される可能性はありますので、シンガポールで迅速かつ低コストで有利な判決を得て、グローバルなIP紛争解決の交渉材料として利用することも選択肢の1つとして考えられます。